終わっているは終わっていない

ここ7〜8年ぐらいでしょうか。
アニメのいわゆる外野のかたからたまに「アニメの製作委員会方式は終わった」とか「アニメのビデオグラムビジネスは終わった」と直接/間接的にいわれます。「製作委員会方式のビデオグラムで投資を回収するアニメ」で生活しているぼくに対してそのようなことをおっしゃる意図は判じかねるのですが、どういうわけか何年経ってもいまだに終わっているはずの「製作委員会方式のビデオグラムで投資を回収するアニメ」をつくる日々を過ごしております。

これはどういうことなのかというとここでいう「終わっている」は、分析や思考の蓄積の結果として導き出される本当の意味での「終わっている」ではなくて
「通ぶりたいときにはとりあえず終わったといっておけ」の法則で、これはアニメに限らずあらゆるジャンルで発生するものなのだと思います。
なぜかといいますと、知識と興味の不足を認めたくないときに、知識/興味を埋め合わせる簡便な思考法だからです。
単に「知らない/興味がない」より「終わっている(から知らない/興味がない)」のほうがカッコいいですからね。

だからマンガでも音楽でも「あれ/あいつは終わってるよ」といっておけば、何も語らずにすみますし何か語った気になれるので便利です。

(さらに「基本的帰属錯誤」と呼ばれる人間の「バイアス(偏向)」なんかもあって、あまり深く考えずにアニメ業界内側の問題に押し込めておいたほうが楽というのもあるような気もします。この「対応バイアス」の顕れは最近の自己責任論や炎上ブームのけっこう重要なポイントでもあったりするのですが長くなるので割愛)

で、何を申し上げたいのかというと「終わっている」とおっしゃるかたに、どうしてどのように終わっていて、なぜ終わっているはずなのに現実ではこれだけの本数アニメが製作され、ビデオグラムが発売され続けるのかご説明を求めても、結局突き詰めると「知らない/興味がない」にしかたどり着けないのでしかたないという話であります。

アニメに限らず何事も現在進行形で「終わり」を告げるのは、厳正な預言者か祭り好きのデマゴーグか悲観的な理想家か、半可通と思っておいてよいです。

もちろんそのほとんどが半可通です。

なぜそのように断言できるかといいますと、ぼくがアニメで生活をし、日々ひたすら考えているからです。ビジネス畑のかたよりも官僚よりもメディアの記者よりもブロガーのかたよりも時間を費やして考えてます。

「終わっている/終わっていない」は個人の感想だから無意味だよ、実際の数字はどうなってるの? というかたにはたとえば JVA の統計調査なんかがありますのでそちらをご覧ください。

ビデオソフトの市場別、ジャンル別の売上金額の推移等( .pdf)
http://www.jva-net.or.jp/report/genre_sales.pdf

2000年代なかばにビデオグラム全体のピークがあること、レンタル産業がゆるやかな衰退をしていること、洋画が苦戦してること、音楽(のライブ盤やミュージッククリップ)が急拡大してること……いろいろなことが読み取れると思います。
アニメのビデオグラムがすでに終わっていることを読み取るのも可能かもしれませんが、グラフからは2000年代に盛り上がったものが10年前の規模に戻ってここ数年安定しているように見えるので、その結論にはかなり詳細な分析が必要でしょう。

とはいえ娯楽全般において停滞は死に等しく、たちどまれば「終わって」しまうリスクは高まっていきます。その意味で現状を楽観的に肯定してしまうのは、思考を経ない「終わっている」と同様の愚であろうと思います。
そして矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、ぼくも「終わり」に向かっている危機感はあります。それもかなり強く。変化し続けることが求められる業界の状態は安定を嫌うが故に常に流動的です。
なので結論は以下のようになります。

「今んとこまだ終わってないよ」



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