ゼロカロリーワード

一般的に「クオリティ」や「リアリティ」といったあいまいな言葉で何かの価値を判断したり指示を出したりされる批評家とかプロデューサーは控えめに申し上げて無能だと思うのですけど、なんかいいこといってる風の便利ワードなためなかなか業界から殲滅できません(「シズル感」とか「人間が描けてない」とかも早く滅ぼしたいですね)。
せめてポジティブな意味につかうならいいのですが、ネガティブな評価や指示出しにつかわれてるととてもしょんぼりしてしまいます。

里見はこの手の言葉をひっくるめて「ゼロカロリーワード」と呼んでおります。
言葉(は情報を伝えるもののはず)なのに何も伝えていない、満腹感はあるのにカロリーゼロの食品のような、そんな言葉です。

まあ「ゼロカロリーワード」は情報を伝える言葉ではないので鸚鵡でも九官鳥でも人間でもよいのですけど「クオリティをあげろ/リアリティが足りない」とくり返しくり返しおっしゃりながら作品を制作すると、その作品の成功/失敗を「自分の指示通りにできた/できなかった」に還元して発話者が納得できてしまうという特徴があります。

この「相手に伝える情報量がゼロなのに、指示を出してる気分になれて充実感が得られる」のがこの「ゼロカロリーワード」の非常に重要なポイントで、発話者は「伝える言葉を持っていない」か「伝えるものをそもそも持っていない」かのいづれかなのですが、どちらにしろ何かを評価したりプロデュースする立場には向いてないかと思います(もちろん消費側として楽しむ分には問題ないですよ)。

ぼくらのような、ひとに発注して何かをつくる立場ではコミュニケーション能力が大事だといわれたりします。
情報は人を介しながら劣化し逓減するものですので、ここでのコミュニケーション能力とは(直接何も生み出さないぼくらにとっては)すなわち情報の保存能力であろうと思います。
ぼくの言葉は、うまく伝達したつもりで実は充実感たっぷりの「ゼロカロリーワード」で水増しされていないかとびくびくしながら自己検証をし続けて、なるべく高カロリーな言葉による情報伝達を心がけるよう、そんなことを気にしながら日々生活しております。

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