「わからない」なりに呑む

インタビュアから「地球外生命体の存在についてどう思われますか?」と問われてホーキング博士は


「地球上に“知的生命”と呼ぶに値するものなど存在するんですか?」


と冗談めかしてシニカルに答えておりましたが、まあそんなものです。

世の中のことや他者の考えていることなどほとんど「わからない」というのが正直なところです。

とくにぼくは共感能力がみなさまと較べて劣っているのか、だいたいの場合何をいわれているのかよくわからないのですけど(それでよくプロデューサーなどという調整役をやっているなあと思います)、それでいったいどのように対処しているかというと


「鵜呑みにする」


です。

もう少し具体的に書くと「よくわからないけどあなたがそうおっしゃるのならそうであろう」です。

たとえば誰かの「仕事がつらい」という悩みを分割して「労働時間」や「労働環境」や「心理的負担」やらに区分けして分析していっても、ぼくは「つらい」にも、ましてや「つらいの解消」にもたどりつけないのですね。それは「徹夜がつらい」といった肉体的負担でも同じで、ぼくは徹夜をしてもそれほどつらくないので共感できてるとはいいがたいです。

たぶん「ココロとカラダ」がひとより単純にできてるのだと思います。

そこで単純なぼくは「わからない」ことは「複雑」であるがゆえわからないまま「鵜呑み」にすることにしています。



日々伝えられる「つらい」「苦しい」「残念」「憎悪」「嫉妬」といった(ある種ネガティブな)発信は、必要に迫られておこなわれているものと「鵜呑み」にして、「あなたがそうおっしゃるのならそうであろう」と思うようにして、尊重することにしています。



それはもしかすると差別やさまざまなハラスメントの衝動に呑みこまれずにいられる「姿勢」なのかとも考えています。

もちろん関係ないかもしれません。



ちなみに地球上にいる“知的生命”は一番目がねずみで二番目がイルカで三番目が人類であります。

コメント
コメントする








   入力情報を登録しますか?
この記事のトラックバックURL
トラックバック
バーナムスタジオ

categories

archives

links

profile

others

search this site.