老人とは誰か

日本は少子高齢化社会といわれてひさしいです。

そうなるとなにかあるたびに「老人」は優遇されてるだの既得権益だのという話になりがちです。

このまえの「大阪都構想」の住民投票でもそのような話題が飛びかいました。


この問題となっている「老人」とは何者なのか、という話です。


以前JALが経営破綻、ひらたくいうと倒産に追い込まれたとき(現在はめでたく公的資金を導入して復活を遂げています)、企業年金に注目が集まりました。

倒産しちゃうから年金を減らそうというときに、現役の社員は5割減、OBは3割減という提案に対して現役社員は早々に賛成、OBは反対となり、すわこのまま法的整理かという段でからくも2/3の賛成票を得て切り抜けたということがありました。



この「OB」がいわゆる「老人」なのだと思います。

現役社員が状況をかんがみてより大きな負担でも飲むのに対し、OBは優遇された3割減でも拒否し、「このままだとゼロになるよ」といわれたら賛成に回るというとても利己的な存在として語られました。


今回の住民投票でも「老人」が破綻しかけている大阪の財政を考慮せず、公共交通機関の無料パス等の(ある意味ささいな)優遇措置が削られることから財政再建という大義を拒否したとのことです。



これが事実かどうかではなくて、JALのときもそうでしたし今回の大阪市の件でもそのような意見をニュースやネットで散見しました。

これが憎しみの対象となる「老人」です。


現実の「高齢者」ではなく、この「」でくくられる「老人」はとてつもなく利己的でおのれのメリット以外に興味のない、「継続的であるべき社会」のとてもわかりやすい「敵」として想定されています。
具体的に申し上げると70歳以上ですから今の時点では「団塊の世代」以上のひとびとです。

いつの時代もひとの知性はたいして変わりませんので、この世代の享受した「環境と立場」そして別の世代の「観察者たちのまなざし」が「老人」をつくりあげています。世代人口が多いのも、金銭的に恵まれてるのも別に本人が悪いわけじゃないですからね。

そしてこの仮想敵である「老人」への不満や憎しみはどこに向くのかというと「団塊の世代」ではなく、そのこどもの世代である「団塊ジュニア」になりますので、今ちょうど40過ぎのみなさまは覚悟をしておく必要があります。
これはどうしてかというとふたつありまして、ひとつは人間は毎年1歳ずつ老いること、ひとつは制度の変更には時間がかかることによります。
というわけで「団塊の世代」という最大のボリュームゾーンがいなくなるまで待ってから、「若者」が牙をむいて「老人」に襲いかかります。それはいつかを具体的には申し上げると20年から30年後になります。2〜30年後の「若者」が2〜30年後の「老人」に。


つまり駆逐される「社会の敵」は、ほかならぬ今年41歳になるぼくなのです。
そう考えるとこれから「老人」として打倒されるまでの2〜30年にわたって、親の世代の平穏を守りつづけられ、身の処し方しだいで子の世代に平穏をもたらせるというたぐいまれな、負い目のない世代に生まれてよかったです。
 

コメント
コメントする








   入力情報を登録しますか?
この記事のトラックバックURL
トラックバック
バーナムスタジオ

categories

archives

links

profile

others

search this site.