間に合った世代感覚の源

まんがでもアニメでも小説でも映画でも音楽でもなんでもよいのですけど、自覚的に文化を受容するひとたちつまりマニアはいつでも「間に合った最後の世代」になってしまうのではないかという話です。

前提としてどの年代に生まれてもマニアにはそのような「ギリギリ間に合った」と「間に合わなかった」のないまぜのような感覚があるのではないかと思うのですけど、どうですかね。ぼくはSFとミステリとアニメに対してそのような思いがあります。

簡単にいいますと「文化」は「ヒトの手によるあるものの歴史」で、「歴史」はつまるところ「時間の経過」です。
あたりまえのことですが未来のことはわかりませんので何かを知りたい欲望は「現在」をある程度満たすと「過去」にさかのぼるしかありません。
するとマニアの自覚が芽生える前に受容したものが自己のマニア史に取り込まれ位置づけされていきます。

それはその後マニアにならなければ単なる通過儀礼だったり忘却したりするものです。

なので必然的にマニア視点を持たない同世代のひとよりも上の年齢の「同世代的」な話題と相性がいいので、主観的には「間に合った/間に合わなかった」になる気がします。


ということで、幼少期の時間がバッファの役割を果たして発生する感覚なのかなと思いました。


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