老年期の始り

この前テレビをつけたら「夫婦別姓」についてどう考えるかという街頭インタビューをしている番組が流れていました。

その番組を拝見する限り、夫婦別姓に反対するかたは「相手の姓になる」ことで試される本気度とか、嫁ぐ感覚とかを大事にされているようです。
選択が可能なアメリカでも9割が夫の姓になると紹介されていました。

ぼく個人の感覚だと1割が望む選択肢なら、公けに認められたほうがよいと思いますし、「本気度を試す」とか「相手の家に嫁ぐ」を「法」として日本国民全員に適用するべきというのは信じられないのですが、どこまで「多様性を認めるか」の範囲は社会の洗練度みたいなもので、時代や構成員によって揺らぎます。
同じ日本国籍を持ってはいるものの「赤の他人」と申し上げてよい人々が別姓を選ぶことを認められないというのは「とても強い信念」か「とても自然な考え」で、ほとんどのかたは後者だろうと推測されますので、現状ではまだそこまでの多様性は認められないということなのだと思います(世の中の「差別」はほとんどこのようになっているかと思います)。

そのような考えのみなさまには衝撃でしょうが、実は姓はしょせん字面ですから、文字ごときで家族の絆ができたり消えたりはしません。
信じられないかもしれませんが、同姓でも離婚やDVはありますし、別姓でも仲睦まじい家庭はあるのです。
むしろ相手の姓が生まれながらのものか、婚姻相手のものかで相手の「価値」を判断するのは控えめに申し上げても「差別」にあたるかと存じます。


また、夫婦別姓を実現すると「婚外子が増える」という意見も拝見したのですが(理路がよくわからないので聞き間違いかもですが)、これも「とても自然な考え」として「婚外子が増える(のはゆゆしき問題だ)」ということなので、つきつめると「摘出児」こそが「正しい」姿だということになります。
「婚外子」を「私生児」と呼んで見下していた時代から変わっていたのは言葉だけだったということにもなりかねませんし、それは「夫婦別姓」とは別にあらためていかなければならない「差別」の問題であろうと思います。

(そういえば婚外子については以前ブログでこんなことも書いてました)

婚外子の遺産相続を嫡出子と同等にすると家族制度が崩壊する問題。

などと思いついたことをつらつらと。

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