痴性化戦争

憲法改正が話題になっています。

ぼくは以前から申し上げているように反対の立場です。
なぜかと申しますと日本の社会が「知能が低いほうが合理的な社会」だからです。
憲法改正といっても実際には第9条が目玉かと思うのですが、ここの変更で大きな影響があるのは政治家と官僚です。ところが両者とも典型的な「知能が低いほうが合理的」な職業で、それはどういうことかというと具体的には嘘をつこうが証拠を隠滅しようが「そのような意図はなかった」と答えるのが「正しい」職業ということです。
どちらもかつては「公正にふるまう」ことを目指していたのが、それは非常に困難なので「不正に気づいていないようにふるまう」ことで代替してきた結果なのだと思います。
気づくことができず「たまたまそうなったこと」は免責されるので(公正であるよりも安易な道だったため)この流れは強化されていくことになります。
今となっては証拠書類をシュレッダーにかけても「隠滅の意図はなかった」、ひとを殴っても「傷つける意図はなかった」と平然と答えるのが「正しい」ところまで到達しました。

知能を低下させることで一見不可分としか思えない行為と意図をどこまでも分離できてしまうのです。
そうやってどれだけの書類が破棄され、どれだけの嘘を積み重ねられたかわかりませんが、それらすべてになんら「意図はない」と答えるようになりました。

現在我が国の首相は原稿がなければ会話もできないですし、質問にまともに答えることもできません。
それが処世術としての佯狂なのかほんとにおかしいのかわかりませんが、そのようにふるまうことが「正しい」とされているのはまちがいないかと思います。

話題が憲法についてなので政治家と官僚を挙げましたが、原発から最近の7payにいたるまで、危機に対しての最善の対応策は「危機管理をする」ではなく「危機を認識していない」と宣言することです。
つまり危機を認識していると思われる行動は宣言と矛盾する悪手ですから「危機管理をしない」が「正しい」行動として導かれます。
そのような社会において憲法改正をおこなうのはおよそ正気の沙汰ではないと思うのです。

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